なにをやってもおもしろくない。
もう早く学校へ行くだとか会社へ勤めるだとかなんでもいいから外へ出たい。
外へ出れば愚痴や不満をまたウジウジと言い出すに違いないのだけど、もう家で寝てるだけの生活は嫌だ。
さして欲しいものもないし金に困っているわけでもないのだけれど、働きたい。もしくは、なにか学びたい。一日中布団でゴロゴロし、一日の終わりには「きょうもなにもやってない」と思う。そんな毎日が堪え切れなくなってきた。
なにをやっても嫌だ嫌だと文句ばかり言っている。
たとえば、外に出れば、暑い。または風が強く、寒い。そのどちらも嫌だし、適温であっても、それはそれでつまらないと感じる。要は、なにに対しても不満を並べて、ものごとの悪い面ばかりを見てしまう。
時間があっても、金があっても、なにかしら文句をいうんだろうと思う。
もし仮に、なに不自由のない金持ちであっても、それはきっとつまらないもので、やっぱりなにかしら不満ばかり言っている気がする。
じゃあ、どうすれば楽しいのか。
なにになりたいのか。
それがまったくわからない。
働いていたころは、時間が欲しいと思っていた。
ニートになりたいと思ったし、実際そうなった。
でも、それからどうしたいなんてことは全然考えていなくて、結局あれはただの現実逃避だった。
いつでもぼくは逃げている。
三年間ひきこもったころは、現実逃避の毎日だった。
起きている時間は、いつも空想の世界に逃げ込んでいた。
それは本でも映画でもなんでもいいのだけど、自分という現実を直視すると狂いそうになる、だから、それを見ないために、フィクションの世界に没頭する。
当時のぼくに大事だったのは、なにも考えないことであり、ニートである自分を忘れることだった。
だけど、そんなことはもちろんできるわけもなく、いつも苦しかった。
生きるためには、なにも考えずに逃げ出すことが必要だった。
社会から、仕事から、そして今は無職であることから逃げ出したい。
極論をいってしまえば、まったくの思考停止状態、もしくは死んでしまえば楽になるのだろうけど、そんなことはもちろんできない。